「マタニティマークは危険を招く」は本当か?
調査して見えた本当の課題とは?
2006年にマタニティマークが誕生してから既に10年が経過しています。
マタニティマークに関する情報は厚生労働省から発表されており、下記のように説明されています。
マタニティマークとは、妊産婦が交通機関等を利用する際に身につけ、周囲が妊産婦への配慮を示しやすくするもの。
さらに、交通機関、職場、飲食店、その他の公共機関等が、その取組や呼びかけ文を付してポスターなどとして掲示し、妊産婦にやさしい環境づくりを推進するもの。
このように、本来は「妊産婦に優しい環境づくりを推進するもの」であるべきマタニティ―マークが、反対に危険を招くことがあると話題になったこともあり、ここ数年で使用をためらう人が増えているようです。
そこで、マタニティマークに関する妊産婦を取り巻く環境の実態を知るべく、妊産婦(*1)と妊産婦以外の一般 (*2)に対して意識調査を実施しました。
*1 妊娠中、または、3歳未満の子供がいる母親 400名
*2 妊娠していない、または、3歳未満の子供がいない、男女600名(男性300名、女性300名)
マタニティマークの認知度、女性は62.3%、男性は42.0%
妊産婦以外の一般に対して「マタニティマークに関する認知状況」を質問したところ、「ある程度内容を知っている」と答えた女性は62.3%、男性は42.0%という結果でした。
また、「初めてマークを見る」と回答した人は、女性は20.3%、男性は35.7%という結果で、その内訳では子供のいない人が男女合わせて72.62%を占めていました。
一方、妊産婦は、94.5%が「ある程度内容を知っている」と回答しており、マタニティマークを知っていることは当たり前のようです。
Q. マタニティマークに関する認知状況で最も近いものをお答えください。
エコンテ調べ 妊産婦以外の一般 N=600(男性 N=300, 女性 N=300)
更に、妊産婦以外の一般にマタニティマークを知った経緯を質問したところ、最も多かったのが、「テレビ・ラジオ」(29.2%)、続いて、「公共交通機関」(20.1%)、「インターネット」(16.4%)という結果でした。
その他、「医療機関」(7.6%)や「行政機関」(4.9%)など公共性の高い施設を介しての認知は低い数値となりました。
Q. マタニティマークを知った経緯を教えてください。
複数回答可 エコンテ調べ 妊産婦以外の一般 N=600(男性 N=300, 女性 N=300)
マタニティマークに気付いた際に「サポートしてあげたい」は67.6%
妊産婦以外の一般に対し、「マタニティマークを身に付けている人に気付いた際にどのように感じますか?」と聞くと、「サポートをしてあげたい」は67.6%、「不快に感じる」は2.8%でした。
Q. マタニティマークを身に付けている人に気付いた際にどのように感じますか?
エコンテ調べ 妊産婦以外の一般 N=600(男性 N=300, 女性 N=300)
マタニティマークを「不快に感じる」具体的な理由としては、下記が挙がりました。
<マタニティマークを「不快に感じる」具体的な理由>
「妊娠が本当かどうかは不明だから(妊娠していると装って席を譲ってもらおうと企んでるとも限らないから)」(男性/38歳)
「妊娠して幸せなの!とアピールしているように感じる。その上席を座らせろ、優先させろと上から目線で言っているような感じがする」(女性/31歳)
「妊婦なら家にいろと思う」(女性/36歳)
「配慮を強要されているような気になってしまう」(女性/50歳)
多くの人たちが「サポートをしてあげたい」と考えているものの、マタニティマークを身に付けている妊婦を快く思っていない人が存在することは事実のようです。
70.9%の妊産婦が「周囲のやさしさやサポートを感じた」
視点を変えて、妊産婦に対し、「マタニティマークを身に付けていることで、周囲のやさしさやサポートを感じたことはありますか?」と聞くと、70.9%が「ある」と答えました。
Q. マタニティマークを身に付けていることで、 周囲のやさしさやサポートを感じたことはありますか?
エコンテ調べ 妊産婦 N=400
周囲のやさしさやサポートを感じた具体的なエピソードは、「席を譲ってもらった」や「重い荷物を持ってくれた」という体を気遣うサポートだけではなく、「がんばってねと言う声掛け」などの心を気遣うサポートも挙がりました。
<周囲のやさしさやサポートを感じた具体的なエピソード>
「スーパーで買い物をして、会計の終わった重たいカゴをレジの人が袋詰めする台まで運んでくれた」(女性/27歳)
「結婚式のプランナーさんが、乾杯のシャンパンを何も言わずにジンジャーエールに変えてくれたこと」(女性/25歳)
「年配の方に頑張ってねと声をかけてもらった」(女性/41歳)
「満員電車で降りようとした時、近くにいた女性が『妊婦さん降りまーす!』と周囲の人に大声で知らせてくれて、おしくらまんじゅう状態の中、私が押しつぶされたり、転んだりしないように助けてくれた」(女性/38歳)
話題性もあることから「マタニティマークは危険を招くのか」という観点で議論が行われやすい傾向にありますが、多くの人たちは「サポートしてあげたい」と考えており、マタニティマークを身に付けている妊婦も「周囲のやさしさやサポート」を実際に感じている傾向にあるようです。
「マタニティマークは危険を招く」という話の実態とは?
「マタニティマークは危険を招く」という話の実態を知るために、妊産婦と妊産婦以外の一般の双方に、「マタニティマークを身に付けることで妊婦が不快な思いや身の危険を感じることがある」という話を聞いたことがあるかを質問しました。
妊産婦の63.5%が「ある」と答えた反面、妊産婦以外の一般は41.7%と半数を割る結果になりました。
Q. マタニティマークを身に付けることで、
妊婦が不快な思いや身の危険を感じることがあると聞いたことはありますか?
エコンテ調べ 妊産婦 N=400, 妊産婦以外の一般 N=600(男性 N=300, 女性 N=300)
「マタニティマークが危険を招く」という話を何で知ったかという問いについては、妊産婦と妊産婦以外の一般の両方の回答において、1位「インターネット」、2位「テレビ・ラジオ」となり、3位以下に大きな差をつける結果でした。家族や知人などから直接聞くことは少なく、メディアを経由して知ることが多いようです。
それでは、実際にマタニティマークを身に付けていることで不快な思いや身の危険を経験した妊婦はどの程度存在するのでしょうか。
妊産婦に「妊娠中にマタニティマークを身に付けていましたか?」と質問したところ、「常に身に付けていた」「どちらかと言えば身に付けていた」と答えた人は全体の57.6%でした。
Q. あなたは、妊娠中にマタニティマークを身に付けていましたか?
エコンテ調べ 妊産婦 N=400
続けて、「マタニティマークを身に付けていることで不快な思いや身の危険を感じたことがあるか」を質問したところ「ある」と答えた人は9.7%でした。マタニティマークを使用していた人のおよそ10人に1人は、実際に不快な思いや身の危険を感じた経験があるようです。
Q. マタニティマークを身に付けていることで不快な思いや身の危険を感じたことがあるか?
※妊娠中にマタニティマークを「常に身に付けていた」「どちらかといえば身に付けていた」と回答した人が対象
エコンテ調べ 妊産婦 N=400
不快な思いや身の危険に関する具体的なエピソードとして挙がったのは、不快な思いに繋がる行為として「睨まれる」や「舌打ちをされる」などで、直接身の危険を感じる行為としては「お腹を殴られそうになった」や「お腹を叩かれた」などでした。
<不快な思いや身の危険に関する具体的なエピソード>
「優先席前で『本当に妊婦なのかよ?』と、舌打ちされたことがある」(女性/32歳)
「歩くのが遅くて舌打ちされた」(女性/32歳)
「妊娠がなんだ。席を代われって事?と突然言われた」(女性/34歳)
「お腹を叩かれた」(女性/30歳)
「酔っぱらいの年配のおじいさんが、『偉そうにマークなんか付けやがって調子に乗ってんじゃねーぞ!!』といちゃもんを付けてきて、お腹を殴られそうになった。」(女性/29歳)
マタニティマークが誤解を与える原因は、世間の認識と利用実態の大きな差
マタニティマークが誤解を与えてしまう原因はどこにあるのでしょうか。
妊産婦以外の一般がどのような認識を持っているのかを聞いてみると、最も多かったのは「交通機関などで周囲にサポートしてもらうためのもの」で約半数の47.5%、続いて「妊娠していることを周囲にアピールするもの」(38.4%)、「緊急時に周囲に妊娠中だと知らせるためのもの」(13.9%)となりました。
一方、妊産婦が身に付けている理由を聞いてみると、最も多かったのは「緊急時に周囲に妊娠中だと知らせるためのもの」が半数以上の56.8%、続いて「交通機関などで周囲にサポートしてもらうためのもの」(23.8%)、「妊娠していることをアピールするもの」(17.2%)となりました。
エコンテ調べ 妊産婦 N=400, 妊産婦以外の一般 N=600(男性 N=300, 女性 N=300)
妊産婦は、主に外出した際の緊急時に自身が妊娠中と気付いてもらう必要を感じてマタニティマークを身に付けているのに対して、妊産婦以外の一般は交通機関などで席を譲ってもらうため、妊娠していることを周囲にアピールするためと認識していると考えられます。
双方の誤解は、マタニティマークに対する認識や求めている役割が異なることが主な原因だと言えそうです。そのため、誤解を解くためには、妊産婦が身に付ける理由に挙げている緊急時について、具体的に知る必要がありそうです。
そこで、妊婦が外出する際にはどのようなリスクがあるのか専門家である日本赤十字社医療センター 産婦人科医 井手早苗医師にお話を伺いました。
Q. 妊娠中に起こりやすい主な症状について教えてください
① 回答していただく予定の箇所
妊産婦以外の一般からはわかりにくい症状を挙げて頂き、読み手に妊婦の抱える不安や日常の負担について少しでも理解して頂きたいと考えています。
Q. 妊産婦がマタニティマークを身に付ける理由で半数以上が挙げたのは、「緊急時に周囲に妊娠中だと知らせるためのもの」という回答でした。
妊産婦が遭遇する緊急時とは具体的にどのようなケースが考えられるのでしょうか?
② 回答していただく予定の箇所
妊婦が遭遇する可能性の高い緊急時に関して上述の症状に補足する形式で教えて頂いたり、ご自身の医師としての経験上過去に遭遇した“妊婦の緊急時”についてお話を伺いたい意向です。
Q. 外出中の妊婦がリスクに直面した際に応急処置をしたり医療行為を行う場合、マタニティマークが持つ「妊娠中である」ということが分かる機能だけで十分だと思いますか?
医師の観点でマタニティマークに付属していると医療行為を行いやすい情報があれば教えてください。
③ 回答していただく予定の箇所
「妊婦である」という情報だけでは応急処置や医療行為を行う上で的確な判断が難しいのではないかと考えています。
例えば、かかりつけの病院の連絡先や家族の連絡先、出産予定日など、応急処置や医療行為を行う際にマタニティマークに付属していると、緊急時により医療行為をスムーズに行える情報などがあれば教えてください。
Q. 外出中にマタニティマークを身に付けた妊婦を見かけた場合、どのようなサポートをすることが望ましいでしょうか?
また、緊急時の妊婦に遭遇した場合、どのような対応が望ましいですか?
④ 回答していただく予定の箇所
席を譲る、重いものを持つ等、一般的な内容でも問題ございません。
その行為が必要な背景を医師の立場で補足して頂くだけで、十分説得力が出ると考えています。
緊急時に関しては、救急車を呼ぶなど基本的なことや応急処置の必要性など、周囲の人間が取るべき行動について指針があれば教えて頂きたい意向です。
このように、妊婦は様々なリスクから自身や赤ちゃんを守るためにマタニティマークを身に付けていることがわかりました。
しかし、マタニティマークを身に付けている主な理由である「緊急時に周囲に妊娠中だと知らせるためのもの」という役割を果たすには、マタニティマークの持つ情報は少し不十分であるとも言えそうです。
マタニティマークを安心して身に付けることが出来る社会の実現に必要なこと
調査結果から、マタニティマークの認知度は低く、誕生から10年以上が経過した今でも一般に十分に浸透していないという課題が浮かび上がりました。
女性と比較して男性は認知が進んでいない傾向にあり、特に子供がいない場合は知るきっかけが少ないようです。このように十分な認知を獲得できていない人達へ向けたマタニティマークを “知ってもらうための活動”は引き続き必要であると言えます。
更に、問題に発展する背景にあるマタニティマークに関する誤解は、一般の認識と利用実態に隔たりがあることが主な原因だとわかりました。
マタニティマークは、一般の認識にあるような「妊娠中で幸せであることのアピール」や「交通機関で席を譲ってもらうためのツール」ではなく、「緊急時に周囲に妊娠中だと知らせるためのもの」として主に利用されていると考える必要がありそうです。
つまり、マタニティマークの誤解を解くためには、単にマークの存在を知ってもらうのではなく、妊婦やマタニティマークに関して” 正しく理解してもらう”ことが最も重要だと言えます。
また、妊婦が求める「緊急時に周囲に妊娠中だと知らせるためのもの」としての役割に関しては、現状では不十分で、「緊急連絡先」や「自身の健康状態」などが確認できる機能をマタニティマークに追加することで、妊婦が求めている役割を果たすことが出来るかもしれません。
些細なコミュニケーション不足や認識のすれ違いから、誤解を受けやすいマタニティマークですが、厚生労働省が掲げる「妊産婦にやさしい環境づくり」という目的は、少子化が進む日本では重要な位置付けにあると言えます。
マタニティマークの存在を広く知ってもらい、利用する妊婦や利用実態を正しく理解してもらうため、「わかりやすく伝える」工夫をすることが、マタニティマークを安心して身に付けることが出来る社会の実現に繋がるのではないでしょうか。